知的障害のある人の就労:脳科学から考える心理支援

知的障害のある方が就労を目指す際、従来の支援は、作業スキルやマナーの習得に焦点が当てられがちでした。しかし、公認心理師として、私は心理学と脳科学の両方の視点から、本人の内発的なやる気を引き出し、喜びを最大限に活かすことが、持続可能な就労につながると考えています。このアプローチを支えるのが、デフォルト・モード・ネットワーク、自己決定理論、そしてキャピタライゼーション理論です。

1. 脳の休憩モード「デフォルト・モード・ネットワーク」とは?

私たちの脳は、特定の作業を行っていない休憩時間など「ぼーっとしている」時にも、実は活発に活動しています。この時働く神経活動のネットワークを、デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼びます。DMNは、過去の記憶を整理したり、未来の計画を立てたり、自分自身について考えたりする「想像力」と深く関わっています。

このDMNが正常に機能することで、私たちは心を休め、集中力を回復させ、新しいアイデアを生み出すことができます。しかし、DMNは過去の嫌な出来事や未来の不安に意識が向きやすく、ネガティブな思考に陥りやすいという側面も持っています。このネガティブな思考のループが強化されると、心身の疲労や不調につながることがわかっています。作業(タスク)から離れて、一時的に頭やからだを休ませているつもりが、ストレス要因(疲労や不安)によりネガティブ思考になりやすいということです。この状況を避けるために、意図的な休憩をとります。例えば「みんなで一緒にお茶をしてポジティブな会話をする」「落ち着く場所で音楽を聴く(ヘッドフォンで推しの音楽を聴いても良し)」を取り入れることが、心の安定と就労の継続にとって非常に重要となります。

2. 自己決定理論が示す3つの大切な欲求

自己決定理論は、人が生き生きと活動するために必要な3つの基本的な欲求があると考えます。これらの欲求が満たされることで、人は外からの指示がなくても、自ら進んで行動するようになります。

  1. 自律性(Autonomy): 自分の行動を自分で選びたい、という気持ちです。就労において、与えられた仕事をただこなすだけでなく、「今日はこの作業から始めてみよう」のように、小さな選択肢でも自分で決められる機会が重要です。

  2. 有能性(Competence): 物事をうまくこなしたい、得意になりたい、という気持ちです。知的障害のある方の場合、特に仕事のスキルを身につけ、「自分はできる!」と実感することが、自信につながります。そのため、成功体験を細かく分けて与えることが効果的です。

  3. 関係性(Relatedness): 誰かと心でつながり、大切に思われていると感じたい、という気持ちです。就労の場は、同僚や支援員と良好な関係性を築くことで、安心感を得られる大切な場所となります。

これらの欲求が満たされることで、就労は「誰かのためにやらされること」から、「自分のための大切な活動」へと変わっていきます。

3. キャピタライゼーション理論が示す「喜びの共有」

キャピタライゼーション理論は、良い出来事(ポジティブな経験)を他者と分かち合うことで、その喜びや幸福感が何倍にも増えるという考え方です。この理論は、就労の場において、以下のような形で応用できます。

  • 小さな成功を分かち合う: 知的障害のある方が、新しい作業を覚えたり、ミスなく仕事を終えたりしたとき、支援員や同僚が「すごい!よくできたね!」と、すぐにその喜びを共有します。これにより、本人の「できた!」という気持ちが強化され、次のやる気へと繋がります。

  • ポジティブな対話の促進: 単に仕事を教えるだけでなく、休憩時間などに「今日の作業で一番良かったこと(楽しかったこと)は何ですか?」といったポジティブな質問を投げかけます。これにより、本人が自分の喜びを言葉にする練習になり、それを聞いた支援員や同僚との関係性も深まります。

この理論を実践することで、就労の場は単なる作業場所ではなく、喜びを共有し、幸福感を高める「特別なコミュニティ」へと変わります。

4. 3つの理論を活かした具体的なアプローチ

自己決定理論、キャピタライゼーション理論、そしてDMNの視点を取り入れることで、知的障害のある方の就労支援はより効果的になります。

  • 「音楽」を活用した休憩の質の向上: DMNのネガティブな側面を理解し、心をポジティブな状態へ導く休憩を支援します。休憩室で心地よい音楽を流したり、本人の好きな「推し」の音楽をヘッドホンで聴いてもらったりすることで、ネガティブな思考のループを断ち切り、気分を意図的に上げることができます。

  • 作業の「カスタマイズ」と「喜びの共有」: 本人の得意なことや興味に合わせて、作業内容を調整します。例えば、手先が器用な人にはシール貼りを担当してもらい、作業の質を高めることに集中できるような役割を割り振ります。体を動かすことが好きな人には屋外の軽作業を多めに割り振ります。そして、作業をやり遂げた喜びを、支援員や仲間と分かち合うことで、本人のやる気を引き出します。

  • 「ひばりサークル」から学ぶ喜びの共有: 旭川手をつなぐ育成会のひばりサークルの活動は、まさにこれらの理論を体現しています。メンバーが主体的に年間行事を決め(自律性)、美術館見学や料理教室といった活動を仲間と行うことで、有能性と関係性の欲求を満たしています。そして、これらの活動で得た「楽しかった」「美味しかった」という喜びを分かち合うことで、幸福感が何倍にも増幅されるのです。就労の場でも、この「小さな喜びをみんなで分かち合う」という視点を大切にすることが、本人のやる気を引き出す鍵となります。

  • 「安心できる関係性」の構築: 支援員は、作業の指示を出すだけでなく、「困ったことがあったら、いつでも言ってね」と声をかけ、本人が安心して頼れる存在になります。これにより、本人が安心して仕事に取り組むための土台が作られます。

まとめ

知的障害のある方の就労支援は、単に仕事を教えることではありません。自己決定理論が示すように、本人の「やりたい」「できる」「つながりたい」という3つの欲求を満たし、キャピタライゼーション理論が示すように、「喜び」を共有することです。さらに、DMNの視点を取り入れることで、「休むこと」の重要性も理解し、持続可能な就労を支えることができます。これらのアプローチを組み合わせることで、知的障害のある方々は、「自分らしく」生き生きと働き、社会とのつながりを感じ、本当の幸福を見つけることができるのです。

(GoogleAIが原文作成し公認心理師が加筆しました)

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