公認心理師に聞く!就労Bの現場で実践する認知行動療法

就労Bの現場で実践する認知行動療法:知的障害を持つ方への行動と感覚に寄り添うアプローチ

こんにちは!ぽぷら事業所の公認心理師です。今回は知的障害を持つ方への認知行動療法(CBT)について考えます。

CBTは、「思考(認知)」「感情」「行動」の三つが密接に関わり合い、私たちの心の状態を形作るという考えに基づいています。例えば、「自分は失敗ばかりだ」という考えが浮かぶと、気分が落ち込み(感情)、挑戦を避ける(行動)といった負のサイクルが生まれます。CBTは、このサイクルに介入し、より適応的なパターンを身につけることを目指します。

しかし、知的障害を持つ方々を対象とする就労継続支援B型(通称:就労B)の現場で、このアプローチをそのまま適用することは難しい場合があります。自分の思考を言語化することや、抽象的な概念を理解することが困難な方もいるからです。

そこで、就労Bという環境を最大限に活かし、CBTの本質である「行動の変容」と「感覚の調整」に焦点を当てて、より具体的かつ実践的なアプローチを再構築することが重要だと考えています。

1. なぜ「行動」と「感覚」が鍵となるのか?

従来のCBTが「思考」からアプローチするのに対し、就労Bの現場では「行動」を起点とします。これは、行動が最も直接的に変えることができ、その変化が感情や認知に良い影響を及ぼすからです。

例えば、朝、布団からなかなか出られない人がいるとします。気分が落ち込んでいるから行動できない、と考えるのが一般的です。しかし、CBTではまず「布団から出る」という行動を促します。そして、この行動が「少し気分が良い」「達成感がある」といった感情を生み出すことを体験してもらい、その体験を積み重ねていくのです。これは、心のエネルギーが低下しているときでも、小さな行動を起こすことで、脳内にドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質が分泌され、ポジティブなフィードバックループが生まれるためです。

就労Bの現場で行う軽作業と呼ばれるシール貼り作業や袋入れ作業、そして荷物運びや資源回収のような屋外作業は、まさにこの「行動」の練習に最適です。ここでは、作業そのものが治療的アプローチの中核となります。

2. 知的障害を持つ方へのCBTの具体的な応用

就労Bの日常業務にCBTの要素を組み込むための具体的な方法を3つご提案します。

その1:行動活性化と達成感の「見える化」

気分が落ち込んでいると、行動量が減り、さらに気分が落ち込むという悪循環に陥りがちです。就労Bでは、この悪循環を断ち切るために、「行動活性化(Behavioral Activation)」を徹底します。

  • 目標設定の超細分化と具体化:

    「ひとつの作業を完了する」というタスクを、「まずは作業室に入り、テーブルに着く」「そして、5分から10分間作業してみる」「シールを1枚ずつ決まった場所に貼っていく」「一定数の作業完了をめざす」といった、小さなステップに分けます。知的障害を持つ方の場合、言葉だけでなく、フローチャート、絵や写真、ジェスチャーも活用して、目標を視覚的に提示することが非常に有効です。道具の活用も検討します。ホワイトボードやタブレット、アプリ、ノートPCを使用して、利用者が作業の見通しをもてるプレゼンテーションを行いましょう。

  • トークンエコノミー法と自己肯定感の強化:

    スモールステップで目標を達成するごとに、スタンプやチェックリストで進捗を「見える化」します。利用者自身が、自分の手でチェックマークをつけたり、達成につきシールを1つ貼ったりすることで、ポジティブな感情が強化されます。そもそも就労Bで行っているシール貼りや袋入れの作業は、作業の成果がすぐに形になって見えるため、達成感や自己肯定感を育む上で非常に効果的です。ぽぷら事業所では利用者が作業伝票に完成(数)のチェックを入れたり、納品箱に完成印(完了マーク)を付けてます。

  • 屋外作業の積極的活用:

    荷物運びや資源回収は、決まった時間と日時に行い、ルーティン化しています。草取り(ご近所の依頼)や玄関除雪有償ボランティア(高齢者宅)といった屋外作業は不定期ですが、少し長めに太陽の光を浴びたり、暑さや寒さなど肌で感じるといった身体感覚は、神経システムを刺激し、心身の活力を取り戻す行動活性化となります。また、屋外での共同作業は、単に体を動かすだけでなく、「誰かの役に立っている」「地域や社会とつながっている」という深い満足感や連帯感をもたらします。

その2:感覚統合と感情調整スキル(アンガーマネジメント含む)の練習

このアプローチは、認知を変える前に身体の状態を整えることに焦点を当てた、ポリヴェーガル理論とも通じる重要なアプローチです。知的障害を持つ方にとっては、感情を言語化する前に、身体が感じている「不快感」や「不快な刺激」に気づき、それを和らげる方法を学ぶことが不可欠です。

  • 感覚に働きかける: 失敗してイライラした時(感情の不安定)に、すぐに冷静になれるような具体的な「行動」を練習します。例えば、

    • 触覚: ストレスボールや、特定の感触の布を触るグラウンディング)。これは、怒りや不安で心が不安定な時に、身体的な感覚に意識を向けることで、感情の波から意識をそらすための行動です。

    • 視覚: 落ち着いた色合いの絵や、好きな写真を見る。推し(グッツ)を見る。

    • 運動: 疲れたら作業から離れて、安全な場所(決まった場所)で数回ジャンプしたり、背伸びをしたり、スクワットをする、階段を上る。

  • 怒りの管理: アンガーマネジメントの観点では、怒りを感じた時の衝動的な行動を抑制するための、シンプルで身体的な対処法をあらかじめ決めておきます。支援員が「深呼吸をしましょう」と声をかけ、一緒に呼吸を整える練習をします。これは、感情が爆発する前に、身体に働きかけることでクールダウンを促すための訓練です。

その3:簡略化された認知の再構成(思考と行動の関連付け):言語的な思考プロセスがある程度可能な方には、CBTの認知修正をシンプルに適用します

  • 「もし~したら、どうなる?」という問い: 従来のCBTのような「その考えは本当に正しいですか?」といった抽象的な質問ではなく、具体的な行動と結果の関連を促す質問を投げかけます。例えば、「もし今日、最後まで作業を終えたら、どんな気持ちになるかな?」といった、行動の動機付けにつながる問いかけをします。

  • ポジティブな行動の振り返り: その日の作業が終わった後、「今日の作業はどうだった?」「何が一番楽しかった?」「どの作業がやりがいがあったか」など、その日の良かった点やポジティブな感情に焦点を当てて振り返る時間を設けます。これは、成功体験を「記憶として定着させる」ことで、自己肯定感をさらに高めるための行動です。

3. 就労Bという環境がもたらす効果

就労Bで実践するCBTの最大の強みは、そのすべてが「温かい場所」という支援基盤の上で実践されることです。無理なく働ける環境、そして支援員や仲間との安心できる関係性は、心理的安全性を生み出し、利用者の神経システムを落ち着かせます。

3-1. 支援員との治療的関係

支援員の役割は、単なる作業の監督ではありません。利用者の感情や行動を非難せず、ありのままを受け入れる治療的な関係性を築くことが、CBTの効果を最大限に引き出すための土台となります。知的障害を持つ方にとって、言葉だけでなく、支援員の穏やかな表情や声のトーン、優しい触れ合いは、神経システムに「安全」という信号を送り続け、腹側迷走神経システムを活性化させます。

3-2. 仲間との「共調節」の場

就労Bは、同じような悩みを持つ仲間と繋がれる貴重な場所です。お互いの作業を見守ったり、昼食を一緒にする、休憩中に少し会話をする中で、自然と「共調節(Coregulation)」が起こります。これは、お互いの心身の状態が、無意識のうちに同調し、穏やかさを共有するプロセスです。このようなコミュニティは、孤独感を軽減し、心理的な安定をもたらす重要な役割を果たします。

まとめ:就労Bという「心のリカバリー」拠点

就労Bで実践するCBTは、単に仕事のスキルを教えるものではありません。それは、不調によって一旦止まってしまった歩みを、支援員や他の利用者と一緒に再びゆっくりと進めていくための「心のリカバリー」拠点です。

ここでは、生産性や競争というプレッシャーから解放され、一人ひとりが自分らしいペースで、小さな成功を積み重ね、自信を取り戻し、地域や人とのつながりを感じることができます。就労Bは「行動」と「感覚」に寄り添い、安全な人間関係の中で心を癒す非常に専門的で、かつ温かみのあるアプローチを体現していると言えるでしょう。

(GoogleAIが原文作成し公認心理師が加筆しました)

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