連載『脳の仕様書を読み解く』‐7(全7回)
脳の究極のアップグレードと未来 〜筋肉という「リカバリー・エンジン」と、AIとの共存〜
「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」 「Aの作業中にBのメールが来て、Cのことも思い出した…」 頭の中がごちゃごちゃになって、結局どれも手につかず、ただ焦りだけが募っていく。
連載の最終回となる今回は、そんな脳の「タブの開きすぎ問題(ワーキングメモリの限界)」を解決し、脳というハードウェアそのものを物理的に進化させる究極のメンテナンス法、そして私たちの脳の「これからの未来」について読み解いていきましょう。
1. 頭がフリーズする原因:「タブの開きすぎ」問題
パソコンやスマホのブラウザで、調べ物をするためにタブを何十個も開いたままにしていると、急に動作が重くなったり、画面が固まったりしますよね。
私たちの脳の作業台(ワーキングメモリ)も全く同じ仕様です。ワーキングメモリは非常に小さく、同時に保持できる情報は「3〜4個」が限界だと言われています。 「明日の予定」「今日の夕飯」「さっき言われた小言」「返信していないLINE」など、頭の中で未完了のタブ(タスク)を開きっぱなしにしていると、それだけで作業台はいっぱいになり、脳はフリーズ(思考停止・パニック)を起こしてしまうのです。
2. 脳の究極のメンテナンスは「体を動かすこと」
では、この重くなった脳をスッキリさせ、さらにはハードウェアそのものを新しく進化させるにはどうすればいいのでしょうか。その答えは、意外なことに脳の中ではなく「筋肉」にありました。
前回「行動(体)が先、脳の指令が後」というお話をしましたが、最新の科学では、体を動かすことが脳にとって最強のメンテナンスになることがわかっています。
① 筋肉は脳を癒やす「リカバリー・エンジン」
筋肉を動かすと、筋肉から「マイオカイン」という100種類以上あるといわれる(ホルモン)物質が分泌されます。これが血流に乗って全身を巡り、脳に到達します。そして、ストレスで熱を持った脳の炎症を鎮め、脳と心を再起動させる「リカバリー物質」として働いてくれるのです。体を動かすことは、筋肉というリカバリー・エンジンを回して、脳を回復させるためのエネルギーを自ら作り出す行為なのです。
② 「スーパー栄養因子(BDNF)」で脳(ハードウェア)が進化する
さらに運動をすると、脳内で「BDNF(脳由来神経栄養因子)」というタンパク質が大量に分泌されます。これは例えるなら、脳の細胞を若返らせる「スーパー栄養因子」です。傷ついた脳の神経細胞を修復するだけでなく、新しい神経回路(ネットワーク)を物理的に増やし、海馬を育て記憶力や学習能力を根本からアップグレードしてくれます。「考えすぎて行き詰まったら、少しウォーキングをすると良いアイデアが浮かぶ」のは、このマイオカインとBDNFが脳をスッキリと再起動させてくれているからなのです。
【編集長の実体験~運動がもたらした「脳の若返り?」】
私は10代でサッカー(ポジションはFW、点取り屋)に打ち込み、20代は新潟県南魚沼を拠点にアルペンスキーの選手兼コーチ(チーフコーチ・フィジカルコーチ)として活動(ニュージーランド南島マウントハットへの武者修行も経験しました。北半球のレーサーがこぞって集まりデュアルレースをしたり、レース映像を観ながらのナイトパーティがめっちゃ楽しい最高の思い出です!)、30代は千葉県市原市を拠点にゴルフ(GDO:ゴルフダイジェスト・オンラインのショップマネージャー)と、常にスポーツと科学(JSPOスポーツプログラマーとしての知見)を取り入れたトレーニングを続けてきました。
スキーやゴルフのトップレベルの方々と時間を共にすることで目指すべき方向性がブレず、おかげさまで現在も20代の頃と同じ体組成(体重・体脂肪)をキープし、怪我なく50代を迎えることができています。
さらに、40代は現在の地元の福祉施設で働きながら、介護福祉士、社会福祉士、公認心理師、第2種衛生管理者(1ヶ月間の集中学習、50代)といった複数の国家資格の試験を計画通りにパスできたのも、振り返ってみれば、運動によって分泌され続けたこの「マイオカイン」「BDNF」による脳の若返りのおかげだったのかもしれません。そして50代になった現在は、新たにバイクの中型免許を取得し、スポーツバイクでのツーリングを楽しんでいます。いくつになっても新しいことに挑戦できる「脳のフットワークの軽さ」は、まさに筋肉というリカバリー・エンジンがもたらしてくれた最大の財産です。
~丘のまち美瑛 新栄(しんえい)の丘から大雪山連峰をバックに YZF-R25~
実は、この「フットワークの軽さ」はビジネスの分野でも私の大きな武器になりました。20代半ばでスキーの第一線を退いた後、IT黎明期(れいめいき)の波に乗って地元初の「旭川ラーメン販売サイト」を立ち上げ(専門誌に4年連続掲載!)、その後IT系大学へ進学。超高倍率を突破して松下電器産業(現パナソニック)の社内ベンチャーに参画し、「eラーニングの創成期」に携わりました。
その後も挑戦は止まらず、先ほど触れたGDOを経て、デジタルハリウッド(デジハリ)へ。秋葉原、御茶ノ水、池袋という日本のデジタルの最前線で、次世代のクリエイター育成に情熱を注ぎました。そして、ビジネスマンとしての最高峰を迎えたのが、外資系コンサルティング会社での日々です。大手町の超高層ビル(サンケイビルや大手町ファーストスクエア)を舞台に、グローバルビジネスの第一線を駆け抜けました。
これほどまでに目まぐるしいビジネスの最前線に身を置きながらも、私の胸に深く刻み込まれていたのは、松下電器産業時代に学んだ創業者・松下幸之助氏の「企業は社会の公器である」という理念と、社内で語り継がれていた「松下を辞めたあとも、地域社会に貢献しなさい」という教えでした。私が40代で地元に戻り、現在の福祉の道(地域社会への貢献)へ進んだのも、間違いなくこの言葉が現在のキャリアの原点になっているからです。
分野は全く違えど、これらすべての挑戦を支えてくれたのは、運動で培った「立ち止まらない脳(リカバリー・エンジン)」があったからだと確信しています。 そしてもう一つ。私の最大の武器は、「自分の得意なことをする、そして考えこまず、まず動くこと」でした。あれこれと先のことを考えてフリーズする前に、とにかく最初の1ミリを動かしてみる。すると、後からドーパミンが溢れ出し、その後の達成感が「増し増し」になるのです。これこそが、まさに前回お伝えした「作業興奮」であり、不器用な脳をうまくハックする最高のコツだったのだと、今振り返って強く思います。
3. 私たちの脳の限界と「愛おしさ」
ここまで全7回にわたり、脳の『仕様書』を読み解いてきました。
疲れには3つの種類があること
スマホの光はハードな残業であること
脳は省エネのために「やる気」にブレーキをかけること
タブを開きすぎるとすぐフリーズすること
こうして見ると、私たちの脳は驚くほど繊細で、すぐ疲れてしまい、キャパシティも小さい、なんだかとても「不器用なハードウェア」に思えるかもしれません。だからこそ私たちは、自分を責めるのではなく、「この不器用な脳と、どう優しく付き合っていくか」を考える必要があるのです。
4. 未来の仕様書:脳と「AI」が共存する時代へ
そして今、私たちの目の前には「AI(人工知能)」という、疲れを知らず、無限のタブを開き、一瞬で膨大なデータを処理できる圧倒的な存在が現れました。
これからの時代、「記憶する」「計算する」「論理的に整理する」といった、脳が疲れやすい情報処理の負担(重いタスク)は、すべてAIという「外付けの超高性能CPU」に任せてしまえばいいのです。
私たちがやるべきことは、AIと張り合うことではありません。 AIに重労働を任せて「脳の容量(余白)」を確保し、その空いたスペースで、人間にしかできない「誰かに優しく寄り添うこと(共感)」「心と体を労わること」「新しいアイデアにワクワクすること」にエネルギーを注ぐこと。これが、未来の私たちが目指すべき「脳とAIの美しい共存」の形です。
5. 終わりに
「自分はダメだ」「意志が弱い」と自分を責めていたあなたの心が、この『仕様書』を通して少しでも軽くなり、「私の脳、不器用だけど一生懸命守ってくれていたんだな」と愛おしく思ってもらえたなら、これ以上の喜びはありません。
全7回の連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。明日からも、どうかご自身の脳と体を「1ミリ」の優しさで労わりながら、最高の人生を歩んでいってくださいね。
【参考文献・出典】
ワーキングメモリの容量制限に関する認知心理学的知見
マイオカイン(Myokine)と脳機能への影響に関する生理学研究
BDNF(脳由来神経栄養因子)と運動による神経可塑性の向上に関する神経科学的知見
SportsJapan(vol.84)体と心と脳の関係に関する知見
【新連載のお知らせ】 次回からは、さらにステージを上げ、新しい連載がスタートします! タイトルは『心理をまなぶ AI+(プラス)』。
公認心理師・社会福祉士としての「人間の心と社会を支える深い専門知見」、スキーやゴルフで実践してきた「スポーツ科学と身体パフォーマンス」、松下電器・GDO・デジハリ・外資系コンサルと第一線を駆け抜けた「ビジネス・ITの経験」。 そこに、現場での「DX推進担当」としての実践や、「Google AI研究・Google Workspace活用」など、これからの時代に欠かせない「AIの圧倒的な力」を掛け合わせ、私たちの生活や心をどう豊かにしていくのかを探求する、新時代の心理学ブログへと進化します。
これまでのすべての経験を貫く、私の揺るぎないパーパス(存在意義)。 それは、「利用者の笑顔が見たい」—ただ、その一つの想いに尽きます。
新連載でも、読者の皆様に最高の笑顔と気づきをお届けしていきます。どうぞご期待ください!