ストレスチェック制度の歴史的変遷と「予防」へのパラダイムシフト
連載:小規模事業所のための産業保健の新潮流【第1回】
2026年、50人未満事業所の義務化を見据えて
1. はじめに:産業保健は「物理的安全」から「心理的未然防止」へ
産業保健の歴史は、その時代の労働者が直面する「脅威」との闘いの歴史です。かつて、日本の高度経済成長を支えた現場での課題は、転落事故やじん肺、化学物質中毒といった、目に見える身体的危害の防止でした。しかし、21世紀の現在、私たちの最大のリスクは、目に見えない「精神的負荷」へと劇的に移行しています。
1990年代以降、精神障害による労災申請の急増を受け、産業保健のあり方は「病気になった人を治療する」という臨床医学モデルから、「不調を未然に防ぐ」という公共衛生モデルへと抜本的なパラダイムシフトを遂げました。その象徴として2015年に誕生したのが「ストレスチェック制度」です。
2. 2026年最新動向:50人未満事業所への「義務化」の波
2026年現在、これまで努力義務であった50人未満の小規模事業所に対しても、ストレスチェックの実施を義務付ける法改正が施行段階に入っています。なぜ今、国を挙げて小規模組織への網を広げているのでしょうか。それは、全国の事業所の約96%を占める小規模事業所において、職員一人の離職や休職が、組織の存続を揺るがす甚大な「経営リスク」に直結するからです。産業保健はもはや大企業だけの福利厚生ではなく、中小企業が生き残るための戦略となりました。
3. 組織心理学から見た「有機的システム」としての職場
組織心理学において、職場は単なる人員の集合体ではなく、個々の成員の心理的相互作用によって絶えず変容し続ける「有機的なシステム(動的構成体)」として理解されます。
この視点に立つと、10人程度の小規模組織は、役割が固定化されやすく、一人の不調がシステム全体の機能不全に直結しやすいという構造的な脆さを抱えています。また、人間関係が密であるゆえに、「和を乱したくない」という高度な自己抑制が働き、本音の不調が覆い隠されやすいという特徴もあります。公認心理師の視点では、ストレスチェックは「個人の性格」を測るものではなく、この「有機的なシステム」を可視化するための重要な指標なのです。
4. 外部資源の活用:EAP(従業員支援プログラム)の重要性
ここで重要な役割を果たすのが、EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)の視点です。小規模事業所では、上司と部下の距離が近すぎるがゆえに、内部の人間には相談しにくい事態が往々にして発生します。
外部の専門機関(外部EAP)と連携することは、組織というシステムの外側に「安全な避難場所」と「客観的な視点」を設けることを意味します。外部の公認心理師等の専門家が介在することで、組織内部では解決困難な葛藤を解きほぐし、早期の離職防止や生産性維持に繋げることが可能になります。
5. 産業別のストレス実態
最新の労働市場において、産業ごとに特有のストレス構造が浮き彫りになっています。
福祉・介護・医療: 感情労働の過密化と「共感疲労」
建設・物流: 2024年問題以降の工程逼迫と安全責任の重圧
IT・専門サービス: AI導入によるスキル更新の不安と心理的孤立
小売・飲食・宿泊: 予測不能な多忙と対人調整ストレスの蓄積
6. ストレスチェックの真のゴール:実効性のある「職場環境改善」
ストレスチェックを単なる「点検」で終わらせず、組織の活性化に繋げる鍵は、集団分析の結果を基にした「職場環境改善」にあります。
特に小規模事業所では、職員自らが仕事のやり方に工夫を加える「ジョブ・クラフティング」の視点が有効です。ストレスチェックの結果を元に、「どの業務が心理的負担か」を話し合い、現場主導で小さな改善を積み重ねます。このプロセスで「実はここが大変だった」という本音を共有できる心理的安全性が確保されると、互いに業務を補完し合う「相互互助」のシステムが動き出します。
7. 結びに代えて:未来への投資としての「心理的安全性」
小規模事業所の経営者にとって、ストレスチェックは単なる事務作業ではありません。従業員が「この職場は、自分の心まで大切に扱ってくれている」と感じられること、すなわち「職場環境改善を通じた心理的安全性」の確保こそが、重要です。
ストレスチェックやEAPを、特定の個人に原因を求める「責任追及型の思考(個人の帰責)」に使うのではなく、「組織の改善を見つけるヒント」として活用する。そのプロセスそのものが、組織をより強靭にし、職員のウェルビーイング(幸福)へと繋がるのです。
次回は、第2回:10人の本音を可視化する「集団分析」の読み解き方です。
(GoogleAIが原文作成し公認心理師が加筆しました)